新年の抱負は、ここ数年、毎年同じ
「今年も家族みんな元気で健康に過ごせたらそれでいい」
これは本心だし、おそらく一生、
叶えたいことランキングぶっちぎりナンバーワンでしょう
でも、
今年はいつも年始に思うこの気持ちを
なんかよくわからないブレーキがかかった願望だなと思いました
そういう心の引っ掛かりに気づいたのは、
娘が祖父母あての年賀状に書いていたメッセージがきっかけです
この記事では
なぜ無意識に、自分の欲を後回しにしてしまったのか、
そして後回しにしないためにどうしていくのかを
考えていきたいと思います
同じようなママさんいませんか?
なんとかしていきたいですよね
少しだけ、一緒に前に進みませんか
自分だけの欲を持つことは、難しいこと
私にとって、自分を優先させて生きるのは難しいことです
家事、育児、仕事。これだけで日々を消耗しています
そう、「消耗」。この単語、ぴったりすぎて泣けてきます
https://dosukoblog.com/2022nenjikanwotsukattakotoranking/
日々を消耗して過ごしていると、自分の優先順位がゴンゴン下がっていくように思うのです
新しいことを始める、あるいは趣味を続けていくのって
- 時間
- お金
- 気持ち
この3つが必要だと思うんです
ほかにも家族の理解とか、お子さんの預け先とか、交通手段とか
各々の状況でいろいろあるかとは思いますが
まずはこの3つ
この3つに余裕がないという窮屈な現状が
ことごとく私を削りやがるわけですよ
時間に余裕がない
生活をまわすだけで、いっぱいいっぱい
たくさんの「やりたくないこと」に時間をつかっていまして
わずかな自分の時間はスマホに突っ込むこの有り様
なんとかすべてを終わらせて、眠りに就くのは1時過ぎ
布団に入ったら秒で寝ています
まじで秒です
これでは時間の余裕など絶対ありませんね
お金に余裕がない
正直これも厳しい
うちには4人の子どもがいます
子育てって、めっちゃお金かかりますよね
うちは正直、貯金とかあまりできていません
これではお金の余裕など絶対ありませんね
気持ちに余裕がない
これは、子育てによって自分の時間・お金がなくなってしまった結果
自己肯定感が下がりまくったことによるのだと思ってます
子どものいる女性の方が、幸福度が低いというデータもあるようですしね
プレジデントオンライン
個人の考えとしては
配偶者がいる・いないとか
子どもがいる・いないとか
また子どもの性別や人数とか
そういうのは他人と比較するものではなくて
自分の人生はひとつだけだし
選んだ道が正解なんだって、正解にしていくしかないって思っています
(こう思うようになったきっかけも、いつか書きたいです)
いま子どもが4人いますが
子ども1人だった時より幸福度低いわーとか、
そんなのわかんないです。笑
とはいえ
守るものが少ないほうが身軽でいられるのは間違いないとは思います
守るものが多ければ
自分のリソースはそのぶん分散されます
時間も体力も、決断の回数だって、有限なんですって
ケンブリッジ大学 バーバラ・サハキアン教授
そして自分のことがおろそかになる
自分のことはどんどん後回しになる
自分の心の声が聞き取れなくなる
自分を愛することを忘れてしまいます
これでは気持ちの余裕など絶対ありませんね
無意識に腐っていた私。
自分を見つめなおすきっかけは
娘が祖父母に書いた年賀状
年末のあわただしい中、年賀状を書いていました
実家への年賀状は、宛名とメッセージを子どもに書いてもらっています
今回は小学生の娘にお願いしました
そこに娘が書いた何気ないメッセージが、心に刺さりました
『わたしは今年は何をしようかなぁと考えています。
ふたりは今年、何をしますか?』
一瞬、どきっとしました
答えられないと思ったからです
両親も、自分も。
うちの親は、保守的。
親は、60代と70代です
そのふたりに、今年、何をしますか、なんて。
ふたりがいまさら何か新しく始めるようなことはないだろうと
当たり前に思っていた自分に気づきました
そもそも、うちの両親は昔からとても保守的で
新しく何かを始めただなんて、ほとんど聞いたことがありません
数年前に、やっとスマホを持ったくらいでしょうか
しかもスマホは持ったものの、LINEすらインストールしようとしない
そんなふたりなんです
娘のメッセージを読んで、ふたりが何を思うかはわかりません
だけど、なにかを変えたり、始めたりするきっかけになっていたら素敵です
私は、保守的というか、怠惰でした
両親だけじゃない。
長いこと変化していないのは、
変化を避けていたのは、誰より、私自身だったんです
時間がないから
お金がないから
何かするくらいなら寝たいから
それは正当な理由のふりをしていますが
「自分のしたいこと」を考えずにいるための隠れ蓑だったんです
『今年、何をしますか?』
私は、答えられない。
これはまずいと思いました
腐っていった心当たり
したいことを諦めた
一番上の子が小さいころ、
「自分のやりたいこと」がストレスになりました
外出するのも、小さい子連れでは行けるところも、時間も限られるし
預けるにしても、預け先を見つけなくてはならないし
かと言って家の中でも、あらゆることは中断されました
(このあたりは、ママさん方にはよくわかっていただけると思う…)
たとえば、映画どころか、30分のアニメですらまともに見れないわけです
そしてある日、諦めました
「もう、いいや」
『やりたいことを中断されるストレス』に耐えられなくなって、
『中断されてストレスになることは始めない』ことにしました
そして
映画を見なくなり
アニメを見なくなり
ドラマを見なくなり
ゲームをしなくなり
本を読まなくなりました
当時、今だけのつもりでそうしていたのですが
その後、さらに3人の子を授かりまして
この生活がひたすら続くことになりました
そしてそれは現在進行形です
「今だけ」のつもりが、ほんとになってしまった
期間限定で無になるつもりでいたのが
期間が長すぎて、無であることがデフォルトになってしまったということですね
こんなはずではなかったのにと、
数年間を失っていたかのような気持ちになっています
だけど今から変わりたい!
知らず知らず自分を無視していたことにようやく気付けました
私には完ぺき主義なところがあって、
そのせいで極端にこうなってしまったのかもしれません
時間がない
お金がない
気力がない
だけど、ゼロじゃないんですよね♪~(´ε` )
かつての私みたいに
『できない』にフォーカスしすぎて諦めるんじゃなく
『でも、ちょっとはできる』って考えて
また自分の時間を楽しんでいけたらと思います
結局、変わったのは気の持ちようだけなんですけど。笑
なんか、久々に未来が明るく感じるんですよね
2023年、すこし楽しみです
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